2010年06月01日

平和学習は平和に貢献するのだろうか?

まぶい分析学/日本文化の心理学と家族療法とは直接な関係はないようなテーマであるが、今回の沖縄の基地問題をきっかけに考えさせられてしまった。それに、高橋史朗教授の講演会でも、彼が平和学習について触れ、"平和学習とは人々に感動を与えること"と言っていた。え?!感動と平和は関係ないだろ?!と思った(笑)

平和学習とは、例えば、平和学習に関するリンク集などを見ればわかるが、平和の大切さ、戦争の悲惨さを教えよう、あるいは学習しようとすうるものであるようだ。これはもちろん"平和"の達成を願ってのことであるのは十二分に承知しているが、その願いはかなえられるのか?ということは以前から???であった。
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ラベル:平和学習
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2010年05月31日

(4)反基地闘争は平和を求める運動だろうか?

今般、社会民主党(社民党)の福島瑞穂党首の消費者・少子化担当大臣の罷免に伴い、同党は連立政権から8ヶ月を持って離脱することとなった。社民党の主張が、一貫しているという点では少しイメージアップが図れたのではないか?と思う(笑)。というのは、鳩山政権は言葉が軽い政権だから・・・(笑)

同党は、ちょっと前までの鳩山由紀夫総理大臣の主張(笑)と同じで、沖縄の基地は県外へ、国外へ、というものだった。本日(5月31日)付の琉球新報は、毎日新聞と共に共同の世論調査を行った。

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2010年05月30日

(3)反戦運動はどんな結果をもたらすか?

さて、欲求充足が阻害され、甘えたくても甘えられない状態に置かれるようになると、拗ね、僻み、恨み、不貞腐れ、自棄糞の心意が発生し、甘えることが出来る状態にあるものに対して嫉妬の念が沸き、憎しみの念まで生じ、これが高揚する結果、争いが発生する、ということだ。

これは先の戦争、太平洋戦争/大東亜戦争も、ABCD包囲網により、日本の欲求充足がおぼつかなくなった結果である(A:アメリカ、B:イギリス、C:中華民国、D:オランダ)。現代においては、朝鮮半島に戦争発生のタネが表面化しており、北朝鮮に対して、韓国を中心とした包囲網が作られつつある。

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2010年05月29日

(2)戦争と平和…愛憎と同じく表裏一体/反戦運動の意義は?

今まで60年余生きてきたが、この間、沖縄という地に関係した生い立ちのためか、戦争と平和、それに反戦・平和といったことには、耳に胼胝(タコ(笑))ができるほどであった。わしは、現在はまぶい分析学という心理学/家族療法の体系化をライフワークの一つとしているので、戦争と平和についても、まぶい分析学の視点から考えることしかできない。しかし、かなり重要な指摘も、ひょっとしたら、出来るのではないだろうかという期待がある(^^;

現代の政治家・活動家の様子を見ていると、基地反対!戦争反対!〇〇反対!△△反対!というように、”反対”だけは強く主張されるが、ではどうすれば良いのか?という”対案”が示されたことに遭遇したことがない。この対案が示されたことが無い、というのは、実は大変なことであるということに、どのくらいの人がお気付きだろうか?どういう事かというと、例えば、戦争反対の運動ばかりをやっていることは、実は戦争が起こる可能性を高めている、ということにもなりかねないことなのだ。

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2010年05月28日

(1)戦争と平和…愛憎と同じく表裏一体/反戦運動の意義は?

昨今はテレビも新聞もネットも、猫も杓子も(笑)、沖縄の基地問題だ。ルーピーという単語は、鳩山氏が総理にならなければ、わしなどが一生かかっても知ることはなかった英単語の一つだろう(笑)。

基地問題については、わしの見解は、太平洋戦争当時から沖縄の地勢学的位置からすれば、日本の国防については、少なくとも今は、基地は必要なこと(必要悪ではあるが)は明らかであるので、むしろ、沖縄から日本の防衛に貢献しようという考え方になるのが自然なのではないかと思われる。しかし、そうなろうとも、ただ簡単に引き受けてしまえば、殆どの日本人は我関せずになるだろうから、大阪の橋下知事のような人達との協力関係を樹立していくことが大切なのではないだろうか。

それはともかく、これを機会に、戦争と平和、反戦運動の意義とか、そういったものをまぶい分析学的に検討してみる必要もあるかと思われる。一生ノンポリで過ごすわけにも行かないだろう(笑)。
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