2011年11月20日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:非行に走ることは、ネガティブなこと/心理学関係者の御言葉とは思えない(^^;

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、非行に走ることは、ネガティブなこと<俺はいま何かしなければ (P.36)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words72.html#231
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 正統的な方法である叫びが、社会によって無視され、疎外されるなら、彼らはどうして、その叫びを維持することによって、時代との対決を意識しないのだ。

【わしの愚見】
 なんでそんな事が言えるのだ。まるでそこらのオジンの説教ではないか!

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2011年11月19日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:毎日毎日のステップが大事/ステップ?歩調?

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、毎日毎日のステップが大事<俺はいま何かしなければ(P.33)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words72.html#230
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 そしてまた、われわれは自分たちの弱さをハッキリと認めること。自分が弱いのに強ぶっていてはいつまでたっても生きがいは与えられない。

【わしの愚見】
 う〜ん、弱いから強ぶることで相手を威嚇・その他をする目的があると思うのだが…。強ければそんなことしないと思われる。それはそうとしても、「生きがい」となんの関係があるのかサッパリ分からない。

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2011年11月18日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:幸福についての勘違い/勘違いは治したいものだ(^0^)

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、幸福についての勘違い<俺はいま何かしなければ (P.25)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words71.html#229
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 僕たちのどこかが間違っているのだ。僕たちの考え方、生き方のどこかが間違っているから無気力になっていくのだ。

【引用/検討終了】
 考え方や生き方の間違いでそうなるものだろうか?無気力で生きられるように定期負うした結果、あるいは燃え尽きてしまった結果、そうなってしまっているというのが大半ではないのだろうか?

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2011年11月17日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:居心地がわるいようでいい惰性的生活/何か松本零士の四畳半生活の漫画を思い出す(笑)

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、居心地がわるいようでいい惰性的生活<俺はいま何かしなければ (P.18)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words71.html#228
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 何かをしなければ、何かをしなければ、と思いながらも、自分には、今の生活とはちがった何かの生活があるはずだと思いながらも、ただ何となく毎日をすごしていく。

【わしの愚見】
 ううむ、思い当たる〜(^^

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2011年11月16日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:つき合う相手を変えてみる/コレ愚策、下策としか…

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、つき合う相手を変えてみる<安心感 (P.163-P.164)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words71.html#227
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
  奇妙な特殊な雰囲気というものをつくりだして、その関係だけをたいせつにしながら生きてきた人は、今こそその関係を断ち切ることである。そして、今までつきあってきた人たちと価値観を異にする人たちのなかに自分を投げ込んでいくことである。

【わしの愚見】
 これは理屈だけの話であれば問題ないと思われるけれども、実行を進めているのであれば愚策・下策ではないだろうか?なぜなら、人との乖離だけが取り柄となって行きそうである。人付き合いには”類は友を呼ぶ”という原則も働いているのだから。

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2011年11月15日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:人とのつき合いでなぜ疲れるのか/疲れる場合もあるが癒される場合もあるものだ。何事もひとつに断定するのは…(笑)

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、人とのつき合いでなぜ疲れるのか<安心感 (P.123)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words70.html#226
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 拘束というのは、人を疲れさすものである。

【わしの愚見】
 こういう物言いがわしの癇に障るのだ(笑)。拘束というのは、人を疲れさせるものであると同時に、逆に、人に安らぎを与えるものである、というのが正しいであろう。

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2011年11月14日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:過去の亡霊と訣別せよ/過去の亡霊(笑)…このお話はその通りだと思う…祖先祭祀の日本文化に言うチヂワカシ、マブイワカシである

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、過去の亡霊と訣別せよ<安心感 (P.103-P.104)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words70.html#225
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本日の御言葉は、タイトルにも示したように、祖先祭祀の日本文化に言うことと同じ内容である。しかし、人間は、過去の経験をもとに現在のことを認識/判断するという性質を持っているので、過去の亡霊と断じて切り捨てるのは良くないと思う。それは自分自身の切り捨てにもつながるものなのだ。過去の経験を大切にしながら現在、未来に向かうことが良いのだ。それを生きている人との過去はチヂワカシ、なくなっている人との過去はマブイワカシと呼ばれている。

【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 「ああいうダメなものの考え方をするようになっちゃった。どこであいつもあんなにダメになっちゃったかね」と、権威主義的中心人物はいう。教養のあること、という一定の価値観がすべての成員をしばり、すべての他人をこの基準で評価する。こうした家で育った人が、まったく違った世界の人と接することで、はじめて自分の今までの世界を正しく考えることができる。教養、教養と騒いでいたのは、実はその家族の情動生活の貧しさをあらわしているにすぎなかったのだ、と感じるためには、他の世界の人とつきあうことが必要なのである。今まで、無教養と軽蔑していた世俗の人のほうが、実は柔軟な考え方をしているとわかったりする。そしてはじめて自分たちの固い考え方に気づく。家庭、家庭と騒いでいたが、実はその家庭の成員がものごとに共感する能力をひどく欠如していると気づく。このように気づくことのなかで、幻想を捨て、過去から脱出することができるのである。新しい自分との出会いのためには過去の亡霊と訣別しなければならない。あなたは、いつまで、そんな過去の亡霊に悩まされているのだ。
【引用/検討終了】 
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2011年11月13日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:困難を避けようとするとストレスが高まる/避けなくとも同じではないのか?さもなくば”困難”とは言えないかも

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、困難を避けようとするとストレスが高まる<安心感 (P.78-P.79)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words70.html#224
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 次にいえることは、なにごとも困難を避けてはならないということである。

【引用/検討終了】
 避けられるものは避けるほうが良いに決まっている。避けても追っかけてくるようなものには立ち向かうしかない。

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2011年11月12日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:未成熟な人間がもつ幼児的一体感/一体感は幼児的なものとそうでないものと区別可能なのか?/<<編集中>>

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、未成熟な人間がもつ幼児的一体感<安心感 (P.65)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words69.html#223
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 情緒的に未成熟な人間は、自分に近い人間に幼児的一体感を持つ。親の場合なら子どもに対してそのような一体感を持つ。つまり子どもが、親である自分の感情の要求にしたがって動くことを期待する。先に書いたごとく、このような親は自分に近い人間に対して間隔を持って立っていることができない。自分に近い人間の感情のあり方に自分の感情が左右されてしまう。他人の感情に無頓着でいることができない。不機嫌な人間は他人の不機嫌に敏感であると書いたことと同じ内容である。今、幼児的一体感ということばで表現したのは、いろいろのことばを使い、いろいろの面からアプローチすることで、この未成熟な情緒を理解してもらいたいからである。情緒的に未成熟な親は自分の依存心から出てくる感情を、愛情という形で正当化する。愛情ということばで表現しても、実体は自分の子どもを奴隷化するということである。
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2011年11月11日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:依存心の強い人は視野が狭い/本当にそうだろうか?

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は依存心の強い人は視野が狭い<安心感 (P.54-P.55)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words69.html#222
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 依存心の強い人は、相手の土俵に乗って戦ってしまうという結果になってしまう。自分の土俵がない。

【わしの愚見】
 人は誰でもはじめのうちは自分の土俵を持たないものだ。誰かの土俵に依存、甘えて自分の取り込んでいくものだ。それが学習であり、次世代への叡智の伝達だ。

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2011年11月10日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:他人にやさしくする動機を考える/甘える・甘えさせるの欲求からである

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、他人にやさしくする動機を考える<安心感 (P.50-P.51)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words69.html#221
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 他人に向かって、ほんの少しやさしくするだけでも、人間というのは満ち足りてくるものであるが、依存心の強い人は、他人に対してやさしくする動機が、他人に好かれたい、他人から拒絶されるのがこわいという動機であるから、やさしくしても精神的な満足感が得られないのである。

【わしの愚見】
 動機であるならば、親から優しくされたことがなく、それに反発して、こんなふうにするものだ!という気持ちの持ち主も優しくするものである。

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2011年11月09日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:モラトリアム人間とは避けることのできない現実を避けようとした人たち/う〜ん、そうかなあ(^^;

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、モラトリアム人間とは避けることのできない現実を避けようとした人たち<安心感 (P.39)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words68.html#220
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 “モラトリアム人間”ということがさかんにいわれるが、モラトリアム人間というのは、三百六十度逃げ道しかないと考えている人間のことである。たった一本の逃げ道さえもふさがれているのが、われわれ人間であるのに、自分のまわり三百六十度が逃げ道であると錯覚しているのがモラトリアム人間なのである。そして、逃げて逃げて逃げまくった結果が、目的意識を失い、生きているはりを失い、ただ、その日その日をむなしく生きるようになってしまったのである。モラトリアム人間というのは、避けることのできない現実を避けようとした人たちなのではなかろうか。モラトリアム人間というのは、アイデンティティを失っている。アイデンティティというのは、いろいろな定義がある。それについて書かれた本がいろいろあるが、私にいわせれば、「逃げのない」ということである。

【わしの愚見】 
 上記は、要約すれば、モラトリアム=逃げ、と言っているだけだ。それでいいのだろうか?仮にそれが正しいとして、モラトリアム状態にある人はドウスレばいいのか? 逃げない、逃げるなというだけでは解決は住まい。また、上記からすれば、ダメな人間という烙印を押されたようなものだ。

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2011年11月08日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:劣等感が生まれる心理構造/”心理構造”の説明になっていない!

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、劣等感が生まれる心理構造<安心感 (P.25-P.26)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words68.html#219
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 ところで、人間はなぜ劣等感を持つのだろうか。自分が音楽の才能を持たないことは音楽的に見て劣等であるが、それはただちに劣等感を生むものではない。

【わしの愚見】
 ?自分が音楽の才能を持たないなどとどう認識するのだろうか?また、一般的に、自分に才能がある、といった認識は?

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2011年11月07日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:甘え人間の要求/加藤翁の甘え理解には間違いがある

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、甘え人間の要求<安心感 (P.14-P.15)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words68.html#218
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 この一連の加藤諦三氏のエッセー批判を始めたのは、加藤氏の「甘え」の考え方に対するおかしさがあり、「子供を甘やかしすぎてスポイルすることはない」というエッセー?を読んだときからだ(加藤諦三氏のホームページ、人を育てる、というジャンル内の一番最初の記事)。 http://drmatayan.seesaa.net/article/154706240.html を参照。著者に手紙を出せばいいのかも知れないが、それでどうにかなるものとも思えないので、少なくとも、まぶい分析学の読者には気づいておいてもらいたい、甘えの考え方はまぶい分析学の中心でもあるから、理解を深める意味においても、こういう批判記事をかき綴っている。加藤翁の「甘え」という文字が目に入ってまた、その思いが再燃した(笑)。

【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 甘えた人間が恋愛をしたときを考えてみよう。

【わしの愚見】
 「甘え」は人間の基本的なものだ。甘えない人間は例えば自閉症とか呼ばれたりするものだ。恋愛も甘えの一種である。

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2011年11月06日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:傷つくことが人生の本質なのだ/え〜!そうなのですか!

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、傷つくことが人生の本質なのだ<愛すること 愛されること (P.126-P.127)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words67.html#217
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 別れる恋を、どうして人は粗末にするのだろう。

【わしの愚見】
 ”粗末にする”の具体的なイメージが沸かないけれども、別れなければならないのであれば、恋は甘えの最たるものだから、甘えたくても甘えられない状態に陥ることである。そうなると、拗ねて、僻んで、恨んで、不貞腐れて、自棄糞になる心意が必然的に発生する。そのためにではないだろうか?

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2011年11月05日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:永遠の恋とは悲恋なのだ/だから何なのだ?!http://www.katotaizo.com/words/words67.html#216

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、永遠の恋とは悲恋なのだ<愛すること 愛されること(P.116-P.117)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words67.html#216
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 われわれに残されているもっともすばらしい恋とは、悲恋でしかない。永遠の恋とは悲恋なのだ。

【わしの愚見】
 著者は恋愛病か?(笑)。結ばれない恋が素晴らしいのか?永遠の恋なんていう表現は、永遠に結ばれないということだ。結ばれてしまえば「恋」の状態ではなくなるからだ。まあ、言葉の遊びとしか思えない(^^;

責任感と恋との板ばさみになった時、男としての責任をとって恋を捨てていく。永遠なる恋とは、そのような恋をいうのだ。そして、そのような恋によって、その恋の思い出によって男は生きていかなければならないのだ。

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2011年11月04日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:本当の恋は命がけ/う〜む、恋にもウソとホントが?

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、本当の恋は命がけ<愛すること 愛されること (P.99-P.100)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words67.html#215
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 「愛はすべての人にやってしまったときに、もっとも富んでいる」(グッコー)愛についての僕の好きな名言だ。

【わしの愚見】
 うっ!その名言の意味が分からない・・・どう考えてもわからない・・・わし、本当にアタマが悪いのか?!脳が悪いことは確かなのだが(笑)

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2011年11月03日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:女が美しく見える時/これは人ぞれぞれに異なるでしょうから、心理学としてはどうかと(^^;・・・

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、女が美しく見える時<愛すること 愛されること(P.84)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words66.html#214
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 この小文は加藤翁の個人的な価値観を述べたものであるので、批判する必要はないものだ。心理学の立場を取るには、なぜそうなのか?ということに言及していなければ、それは単なる主張であり、一顧だにする必要はないものだ。

【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
僕は女がいちばん美しく女らしく見えるのは次のような時だと思う。理性の勝っている女、道徳的観念のものすごく強い女が「私、もうダメなの」とくずれ落ちんとする瞬間である。恋してはならぬ人を恋し、自らのうちで戦いつづけ、必死で燃える火を消そうとして消せず、ついに「女」に負けそうになる瞬間、この瞬間こそ女がもっとも美しい時だ。つまり、女がもっとも美しく見えるためには、時代の道徳的観念を強くもっていることが必要なのである。時代の道徳的観念、つまり「たてまえ価値」だ。よごれた大人のように、たてまえ価値を平然として人前で説き、それを陰で破ることのできる人間に美しさはない。

【わしの愚見】
 とは言え、それもなぜか?について言及せねばなるまい(^^;

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2011年11月02日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:前向きに生きるとは何か/面白そう(^0^)

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、前向きに生きるとは何か<愛すること 愛されること (P.76-P.77)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words66.html#213
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 人は何をもって前向きというのだろう。「たった一度の人生だもの」という。だから前向きに行こうという。

【わしの愚見】
 うむ〜なかなか考えさせられる御題である(^^;

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2011年11月01日

加藤諦三早稲田大学名誉教授の本日のお言葉:遂げられぬ恋をなぜ悲観的に見るのか/ん?楽観的に見ろというのか?!(笑)

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今日の加藤諦三名誉教授のお言葉は、遂げられぬ恋をなぜ悲観的に見るのか<愛すること 愛されること (P.46-P.47)(大和書房)>でございます(^0^)/ http://www.katotaizo.com/words/words66.html#212
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【検討課題/加藤名誉教授のお言葉】
 どうして人々は遂げられぬ恋について悲観的な見方をするのだろう。「終わりのある恋だから、それなら恋をしないほうがいい」「いずれは別れなければならないんですもの」などという。

【わしの愚見】
 う〜む・・・(^^;

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