2008年05月08日

性的な行為

2004年8月21日:初出し
2008年(平成20年)5月8日(木):旧ブログより移動
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思春期以降の男女の仲の問題は、必然的に「性的な問題」が関係するのが普通であろう。そして性的な問題には「恥ずかしさ」が伴うのが普通である。続きを読む
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2008年04月13日

世間の目(3)

2004年10月1日:初出し
2008年(平成20年)4月13日(日):旧ブログより移動
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世 間の目(1)において、西欧人は、越行によって承認欲求が現れ、また退行によって生理的欲求が代理欲求として現れやすいことを述べた。これは個人の自己主 張を認めよ!という心意であるから、したがって、日本人のような「世間の目」はあまり機能しないことが考えられる。ということは、「世間の目」があるゆえ に「恥」をかくことを恐れて、その結果、倫理や道徳なるものが自然に形成されていく原動力のようなものが、西欧人には成立しにくいということになる。

では西欧において、日本の「世間の目」に代わるものはなんだろうか。あるのだろうか。
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世間の目(2)

2004/9/30

2004年9月30日:初出し
2008年(平成20年)4月13日:旧ブログより移動
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世間の目(1)に おいて、日本人は、所属・愛情欲求を充足させようとすることが多く、これがいわゆる「世間の目」につながるものであることを述べた。これはいわゆる「ウ チ」と「ソト」の概念にも関連するものと思われる。ここで言う「ウチ」は自分が所属している組織、団体や機関などを指し、所属していないそれらが「ソト」 である。「世間の目」は「ソト」から見た「ウチ」がどう評価されるかを意識する概念であると考えられる。

このあたりを少し発達心理的に考えてみる。続きを読む
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世間の目 (1)

2004年9月19日:初出し
2008年(平成20年)4月13日(日):旧ブログより移動
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日本人の行動・道徳規範を形作るもののひとつとして「世間の目」というものがある。世間について調べてみると(大辞泉)、

せ‐けん 【世間】 《(3 )が原義》
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1 人が集まり、生活している場。自分がそこで日常生活を送っている社会。世の中。また、そこにいる人々。「―を騒がした事件」「―がうるさい」「―を渡る」
2 人々との交わり。また、その交わりの範囲。「―を広げる」
3 仏語。生きもの(衆生(しゆじよう)世間)と、それを住まわせる山河大地(器(き)世間)、および、生きものと山河大地を構成する要素(五陰(ごおん)世間)の総称。
4 人の住む空間の広がり。天地の間。あたり一面。「俄(にはか)に霧立ち、―もかいくらがりて」〈大鏡・道長下〉
5 僧に対する一般の人。俗人。「ある律僧、―になりて子息あまたありけるうち」〈沙石集・三〉
6 社会に対する体面やそれに要する経費。「―うちばに構へ、又ある時は、ならぬ事をもするなり」〈浮・永代蔵・四〉
7 この世の生活。財産。暮らし。境涯。「武州に―ゆたかなる、所の地頭あり」〈沙石集・九〉 
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posted by Dr.MataYan at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ”恥知らず論”と恥じの文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする