2011年08月15日

敵機見つける防空監視哨、今もビル屋上に 北九州中心街...朝日新聞/何か言葉にならない思いが・・・

こういう遺構を見ると、いろんなモノが一気に想起され、何もいうことができない。例えば、このようなかっての[目]は現在ではレーダーに置き換えられているが、 科学の進歩を実感すると同時に、人間とはなんなのか・・・という思いが駆け巡る・・・

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2011年05月06日

(鳥取県) 風邪の神は膳の下

鳥取県倉吉市にお住まいの「あきらの母」さんから教えて頂きました。嫁ぎ先きのお母さんからこのように言われたそうで、風邪の時は食欲が落ちるから、しっかりとごはんをたべるように、ということだったそうです。
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2011年04月15日

【古典個展】立命館大教授・加地伸行 土葬をめぐる意外な議論。。。MSN産経ニュース/祖先崇拝(日本文化)の視点も・・・

死生観については、我が国には、神道、仏教、祖先崇拝の民間の慣習が主であるといえよう。本土においては、「死」に関しては仏教の役割であることが主だろう。然し、古代大和の言語が未だに方言として残る沖縄においては、祖先崇拝も無視できない。我が国では、総体では加地教授が仰るように「土葬」が主である。「天」は父の象徴、「地」は母の象徴、であり、「甘え」の文化とも言える日本文化においては甘えの対象は母であり、その意味で天に帰るという考え方はない。沖繩(祖先崇拝)では、死後は墓のシルヒラシと呼ばれる部分に置かれ、白骨化すると「洗骨」の儀式が行われる。そして骨壷に入れられる…。現代ではこのシルヒラシが省略され、火葬された後に骨壷に収められる。これは、元々は、このシルヒラシと洗骨を嫌がる婦人団体の新生活運動によって変わったものである。

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2011年04月14日

【東日本大震災】明治の経験、今に生きる 74人無事の岩手の集落。。。MSN産経ニュース/まさに風習・伝承発生の原点だろう

先人の経験がこのような形で伝承されるわけであるが、一見迷信めいたものも先人の経験というフィルターをすり抜けて伝承されてきたと考えられるので、風習・伝承・伝統文化については、その意義をよく見つめる必要があると言える。

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2011年04月03日

上げ馬神事、今年も1頭安楽死…昨年は即死。。。YomiutiOnline/これは・・・意義はなんなのだろう?どなたかご存じの方はお教え下さい

これは、意義を知らねば、単なる動物虐待になりかねない。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00335.htm?from=main5
本文です
上げ馬神事、今年も1頭安楽死…昨年は即死
馬が急斜面の土手を駆け上がる「上げ馬神事」

 三重県教委から今年1月に動物虐待防止の勧告を受けてから初の「上げ馬神事」(県無形民俗文化財)が2日、東員町の猪名部いなべ神社で行われた。

 土手の高さを低くするなど改善したが、1頭の馬が脚の骨を折って安楽死となった。昨年も1頭が即死しており、保存会の一色俊男会長(72)は「県の意見を聞いて改善を続けたい」と話した。

 保存会は勧告を受け、昨年も低くした土手の高さをさらに30センチ低くして150センチとした。角度も5度緩めて70度にし、獣医師を本部席に待機させた。この日の試楽祭には12頭が出場し、6頭が土手を上った。3日の本楽祭には6頭が出場する。県は約20人の職員を派遣し、動物虐待の有無や改善内容を点検した。県教委社会教育・文化財保護室は「調査したうえで問題があれば指摘していきたい」としている。

(2011年4月3日13時36分  読売新聞)
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「残さず頂戴しろ」山伏たちが責め立てる強飯式。。。YomiutiOnline/どなたが意義をご存じの方はお教え下さい

この儀式が意図していることを御存知の方は教えてください。主食を大切にする儀式であれば理解できるのですが、ムリに食わせる、ということの意味がなかなかつかめません。


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00347.htm?from=main6
本文です
「残さず頂戴しろ」山伏たちが責め立てる強飯式
山盛りのご飯を強いる山伏たち

 栃木県日光市山内の日光山輪王寺で2日、厄を払って福を願う春の伝統行事「強飯式」が行われた。

 今年は、東日本大震災を受け、儀式の中で被災地の早期復興なども祈願された。

 山伏が護摩をたいて「七難即滅・七福即生」などを祈願する儀式の後、ハイライトの「強飯頂戴の儀」が行われ、所願成就を願って参列した6人の前に3升の山盛りのご飯が運ばれ、山伏たちが「75杯残さず頂戴しろ」などと責め立てた。

(2011年4月3日13時52分  読売新聞)


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2011年03月31日

東日本大震災:お地蔵さん戻った 宮古の地区住民捜し出す。。。、毎日新聞/いずれは地域の守護神(仏)になるのかも

震災を生き残ったといった形で、構成には、地域の守護仏として崇められたりすることになるかも知れない。子どもが欲しい一念で拝んだものがあるとき、それは子宝の神として伝承され崇められりするのと同じだろう。
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http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110331k0000e040077000c.html
東日本大震災:お地蔵さん戻った 宮古の地区住民捜し出す


がれきの中から捜し出したお地蔵さんに手を合わせる女性たち=岩手県宮古市崎山の女遊戸地区で2011年3月29日、鬼山親芳撮影(写真省略)
 岩手県宮古市崎山の通称女遊戸(おなつぺ)地区で親しまれていた「お地蔵さん」が東日本大震災の津波で一時行方が分からなくなっていたが、住民 の手で捜し出され、数日後に元の場所に戻った。住民たちは集落復興のシンボルにしたいと、損壊した堂の再建を願っている。
 子供を抱いた地蔵は背丈が約80センチで集落中央の農道脇に建つ堂内に安置されていた。津波で堂ごと流されたが、地元の女性たちが捜し、近くの 川でがれきに埋まっているのを見つけた。足の部分が一部欠け、着物や帽子もなくなっていたが、赤いエプロンを付けたままで、姿はほぼ変わらない。 元の場所に仮安置され、毛糸で編んだ新しい帽子もかぶせられた。小豆やせんべいも供えられた。
 地域の女性たちは毎月24日の縁日にはお地蔵さんの前で念仏を唱えてきた。地区で最年長の前川三之助さん(92)は「戦時中、出征兵士の家族が 武運長久を祈ったものだ」と話した。1960年代に火災で焼損し、79年に再建されたという。見つけた女性(67)は「一日も早く堂を再建した い」と手を合わせた。【鬼山親芳】
ラベル:地蔵 宮古 大震災
posted by Dr.MataYan at 18:16| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 風習・伝承・伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被災地の文化財守れ 「レスキュー隊」結成へ 文化庁。。。asahi.com/こういう活動もそろそろ必要だ・・・

東日本大震災に伴う津波によって、例えば六角堂などの多くの文化財は消失してしまった。また、瓦礫の山の中にも多くの文化財と呼べるものが存在する。これも何とかしなければならないが、各県の教育委員会、文化財関係者のご努力を期待してやまない。



続きはここをクリック!(^〇^)/
posted by Dr.MataYan at 09:24| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 風習・伝承・伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う。。。YomiutiOnline/先人の叡智を集めています。御協力頂ければありがたいです(^0^).

沖繩にも、石碑こそはありませんが、海辺の住宅は敬遠され、小高いところが好まれていました。(中頭郡中城村伊集にて)。現代では海辺にも多くの住宅がありますが。
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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110329-OYT1T00888.htm?from=main5
此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う

巨大地震
過去の津波で壊滅的被害を受けた姉吉地区にある石碑(27日、岩手県宮古市で)=菊政哲也撮影(写真省略)く

 「此処ここより下に家を建てるな」――。

 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れ た。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。

 「高き住居は児孫じそんの和楽わらく 想おもへ惨禍の大津浪おおつなみ」

 本州最東端の●ヶ埼とどがさき
灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。(●は魚へんに毛)
 地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の 直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。
 地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上 がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん (65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。
(2011年3月30日07時22分 読売新聞)
posted by Dr.MataYan at 12:36| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 風習・伝承・伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

「てんでんこ」三陸の知恵、子供たちを救う

<<ネット上で知れる各地のふ風習・伝承を集めています。宜しかったら御協力下さい>>

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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110328-OYT1T00603.htm?from=main2
「てんでんこ」三陸の知恵、子供たちを救う

巨大地震
 東日本巨大地震による津波で大きな被害を受けた岩手県釜石市と大船渡市で、津波に備えた知恵や工夫が奏功し、多くの子供たちの命が救われた。  続きを読む
posted by Dr.MataYan at 16:30| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 風習・伝承・伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする